日経夕刊より

ウチの専務がお書きになった模様。
手前味噌になっちゃうけど、なかなかいい文章だと思う。
以下、無断転載。

個人投機家育成(十字路) 2004/01/28 日本経済新聞 夕刊

 投機とは『好機に乗ずる』という意味の禅の用語であるとは、大阪証券取引所前社長の故巽悟朗氏から聞かされ、初めて知った。好機を逃さないためには、健全かつ迅速な判断能力が求められる。期待収益とリスクとの比較考量も必要であろう。相応の知識、経験が必要となる。
 巷間(こうかん)『投機』はしばしば『ギャンブル』の意味で用いられるが、本義は異なるわけだ。
 さて、株式市場では、短期の売買が悪しき『投機』であり、長期保有が望ましい『投資』とされる。しかし、現実には投機はねたましい他人の成功であり、投資は失敗した投機を自らに納得させる用語に過ぎないことが多い。失敗の顕在化を嫌う人間の性として、投資は結果として長期保有になるわけだ。つまり、論点は時間の長短ではない。
 誰しも成功を望むはずである。市場関係者として、時間の経過に対する無定見な信頼を唱導するのは無責任のそしりを免れないだろう。まして、法人間の株式の持ち合い解消の受け皿として、投資家を育成しようというのは動機が不純である。個人には法人にとって用済みの株式に無定見に投資する義理はないはずだ。
 直接金融の拡大は、多数の参加者の冷徹な経済原理に基づく行動に依存する。果実を求めての成長企業へのダイナミックな資金シフトは、経済の継続的発展に不可欠である。
 そもそもリスクマネーの最終供給源は、国家か個人である。前者を社会主義といい、後者を資本主義という。資本主義の優位は、リスクマネーが多様に価値観を異にする個人の判断によって供給される点にあると思う。
 わが国が資本主義を選択する以上、合理的に行動する多数の個人投機家の育成が何よりも重要と考える。